既に冷たくなった彼と、雨に濡れて湿った地面に挟まれて、私は、錆びた鉄粉と腐った土の匂いを嗅いでい た。抱きしめる。もう返事はないけれど。温かかった彼を思う。息をしていた彼を思う。私を抱きしめた彼を思う。なぜだろう、思い出すのと同じ速度で、彼が 消えてゆく。あぁ、きっと、雨の所為に違いない。ずっと降り続く、恵みの雨。大地に浸透し、植物の糧となり、或いは川を下り海へと流れる、この雨の所為に 違いない。私の思考は過去へと向かい、そして結局現在へと還ってくる。冷たい彼と、降り続ける雨の元に。そしてふと、思う。彼は腐った土の匂い。錆びた鉄 粉の匂いは誰の匂い?彼を抱きしめるこの手が、転げ落ちたのは誰の所為?……。あぁ、そうか。雨の所為などではなかったのだ。何て事はない簡単なこと。血 の匂いがするのは他でもない私なのだ。私は今、死のうとしているのだ。
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